高浪司さん:労基法大改正に見る、企業における人材戦略の実務で必要となること

高浪司さん:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ピープル・コンサルティング アソシエートパートナー  iU組織研究機構 上席顧問

 

松井:今回の労基法大改正は約40年ぶりの大規模な見直しとなります。この改正の背景には、2017年から始まった働き方改革と2022年から本格化した人的資本経営という二つの政策潮流があります。厚労省主導の働き方改革と経産省主導の人的資本経営が、今回の労基法改正を通じて初めて統合される形になるのが特徴的ですね。

戦略的な働き方・労働時間のガバナンス

高浪:確かに政策的な統合は重要であり、企業の経営への影響が極めて影響が大きいのではないでしょうか。単なる法令遵守を超えた経営戦略の根幹に関わる問題だと思います。特に労働時間の情報開示義務化は、これまで社内管理の範囲だった情報が外部評価の対象になるということで、ガバナンス構造そのものを変える可能性がありますね。

 

松井:なるほど、労働基準関係法制研究会報告書では、労働時間法制の見直しとして、労働時間の把握と質の向上が明確に打ち出されています。これは単純な規制強化ではなく、労働の質的向上を通じた価値創造を目指すものだと改めて理解しました。具体的な施策としては、フレックスタイム制の柔軟化、新たなみなし労働時間制の検討、勤務間インターバル制度の強化などが挙げられています。

 

高浪:企業としてはそれをどう戦略的に活用するかが重要ですね。例えば、労働時間の情報開示が義務化されることで、取締役会のガバナンスが強化され非財務情報の開示の枠組みに組み込まれる可能性が高い。そうなると、監査委員会に労働時間リスクの報告ラインを新設したり、役員報酬に働く質の価値向上や、労働時間と紐づく何らかのKPIを連動させたりといった、先進的なガバナンス体制の構築が競争優位性につながると考えています。

 

戦略的アプローチに必要なシステム基盤、大企業の問題点、労使コミュニケーションについて

 

松井:戦略的アプローチは法令の方向性とも合致していますね。労働基準関係法制研究会報告書では、IT技術の活用による労務管理の高度化も重要テーマとして取り上げられています。デジタル変革により、従来の事業場概念を企業単位に拡大し、IT管理をベースとした新たな労務管理体制の構築が必要だと述べられています。

 

高浪:重要なポイントですよね。特に大企業では、松井さんの「労基法大改正戦略レポート」に「人材情報基盤の整備」が第1位に挙がっているように、労務管理・勤怠・労使コミュニケーションを統合したシステム基盤の構築が急務です。ただし同レポートにもポイントとして書かれていますが、これまでの人事機能の4類型では人事労務がオペレーション扱いされており、戦略推進の前提がありません。労基法改正を機に、労務戦略を経営戦略と連動させる体制づくりが必要だと思います。

松井:特に大規模企業でいま仰られたような内容について、改善の必要性に気づくかどうかが重要になりそうですね。
今までに出ていない話題として、労使コミュニケーションの再構築についても法令改正の重要テーマです。従来の画一的な労使協議から、個々の従業員のニーズに応じた柔軟なコミュニケーションへの移行が求められていますね。

 

高浪:これも重要な点で、人的資本経営で構築されつつある基盤が働き方全体に広がっていく鍵になるのではないでしょうか。データ基盤の整備により、個別最適型のコミュニケーションが可能になると考えています。
労基法改正でも主題となっている多様な働き方が進める上で、様々な生活上の課題や個人のキャリア志向が働き方に及ぼす影響は大きくなると思います。こうした課題への適切な介入や支援を行う上でもシステムの構築が重要です。また、現場からの改善提案を迅速に吸い上げ、経営戦略に反映させる仕組みの整備。従来の固定的なコミュニケーションから、データに基づく対話へと発展させることで、組織全体のエンゲージメント向上につながるのではないでしょうか。

 

松井:大変よくわかりました。そのためには、企業は単なる法令対応としてではなく、経営戦略の核心として労務管理と働き方改革を位置づける視点の転換が不可欠ですね。法令政策の方向性と企業戦略の融合により、日本企業が持続的な成長をしていくための重要な推進力になるのではないでしょうか。

 

高浪:はい。法令対応のコストを戦略的投資へと転換し、持続的な競争優位性の源泉としていくことが重要だと思います。各企業は今から準備を始め、2026年の法案提出、2027年以降の施行に向けて、自社の特性に合わせた最適な戦略を構築していくことが重要だと思います。

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