研究員による発信:人型ロボットとの協働がもたらすメンタルヘルスリスクの分析と対策

 

職場での人型ロボットとの協働が現実味を帯びてきている中、そこで生じうるメンタルヘルスの問題を予測し、適切な対策を講じることが重要となっている。塗師本(2023)の研究によれば、現在でも半数以上の労働者が職場で強いストレスを感じており、特に仕事の量や質、対人関係に起因するストレスが大きい。さらに事業所規模別にみると、1000人以上の事業所では64.6%、500~999人の事業所では59.5%、300~499人の事業所では63.3%と、大規模な組織ほどストレス要因が強く表れる傾向にある。このような状況下で人型ロボットが導入されることで、既存の職場ストレス要因に新たな次元が加わることが予測される。

 

第1章:人型ロボット導入による新たなストレス要因の出現

 

現在の医療現場では、医療従事者の過重労働が深刻な問題となっている。この状況に対して、近い将来、次のような人型ロボットの導入シナリオが想定される。大規模病院において、高度なAIを搭載した人型ロボット看護師が導入され、24時間体制での患者モニタリング、正確な投薬管理、基本的な介助を完璧にこなすことができる。一見すると、これは医療従事者の労働負担を大幅に軽減するように思われる。

 

しかし、塗師本の研究が示す職場環境要因の枠組みから分析すると、まったく新しい種類のストレス要因が生まれることが予測される。「仕事の要求度」と「仕事の資源」のバランスという観点から見ると、人型ロボットの導入は、業務の物理的な負担は軽減するものの、心理的な負担を著しく増大させる可能性がある。

 

例えば、夜勤時の状況を想定してみよう。人型ロボット看護師は24時間、一定の正確さで業務をこなし、患者の容態の微細な変化も見逃さない。対して人間の看護師は、深夜帯での疲労や眠気と戦いながら、時に集中力が低下する。この違いは、現在の職場で見られる「人的リソース不足によるストレス」とは質的に異なる、新しい種類の心理的圧迫を生むことが予測される。

 

 

第2章:職種別に見る具体的な影響と課題

 

製造業での導入シナリオを考えてみよう。現在、多くの製造現場では産業用ロボットが導入されているが、これらは明確に機械として認識される存在である。しかし、人型ロボットの場合、人間そっくりの外見と高度なコミュニケーション能力を持ちながら、同時に機械としての完璧な作業能力を有する。このような存在との協働は、従来とは異なる複雑な心理的影響をもたらすことが予想される。

 

特に注目すべきは、塗師本の研究が示す「仕事の失敗・責任の発生等」に関するストレス要因である。人型ロボットは疲労を知らず、ミスもなく、感情的な起伏もない完璧な作業を続ける。一方、人間の作業者は疲労や感情の波にさらされながら働く。この違いは、現在の「仕事の量的負荷」を超えた、質的に新しいストレス要因となる。

 

 

第3章:サービス業における特殊な課題

 

サービス業、特に接客現場での人型ロボット導入シナリオは、さらに複雑な問題を提起する。現在の接客現場では、塗師本の研究が示すように「顧客等からのクレーム」が重要なストレス要因となっている。人型ロボット導入後は、この状況が以下のように変化することが予測される。

 

高級ホテルでの接客シーンを想定してみよう。人型ロボットコンシェルジュは、世界中の観光情報や顧客の嗜好データを瞬時に参照し、完璧な接客を提供できる。さらに、感情的な起伏がないため、どのような失礼な態度の顧客に対しても常に穏やかな対応を維持できる。一方、人間のスタッフは、時に感情的になったり、記憶の曖昧さから的確な情報提供ができなかったりする。

 

この状況は、現在の職場で見られる「対人関係」ストレスとは本質的に異なる。なぜなら、ロボットとの比較により、人間らしい感情的な反応自体が「欠陥」として認識されてしまう可能性があるからだ。これは従来の職場ストレス研究では想定されていない、新しい種類の心理的負荷である。

 

 

第4章:メンタルヘルス悪化のメカニズム

 

塗師本の研究では、メンタルヘルスの問題は「仕事に対する意欲が高まりメンタルヘルスが改善する」場合と、「仕事の要求度が大きいほどメンタルヘルスが悪化する」場合があることが示されている。人型ロボットとの協働では、この両面がより先鋭化した形で現れることが予測される。

 

特に重要なのは「プレゼンティイズム(疾病出勤)」の問題である。現在でも、健康上の問題を抱えながら生産性が低下した状態で仕事に従事する状態が、企業が負担する健康関連コストの77.9%を占めているという。人型ロボットとの協働環境では、この問題がさらに深刻化する可能性がある。人間の労働者は、体調不良時でも完璧に働き続けるロボットとの比較で、より強い心理的プレッシャーを感じることが予想される。

 

 

第5章:長期的影響と組織的対応

 

塗師本の研究では、職場でのストレスが慢性化すると、メンタルヘルスの問題が発展し、仕事や会社の業績にも支障を来すことが指摘されている。人型ロボットとの協働においては、この影響がより複雑な形で現れることが予測される。

 

例えば、金融機関での投資アドバイザリー業務を想定してみよう。AIを搭載した人型ロボットは、市場データの分析と投資判断において、人間を上回る正確性を示す。しかし、この状況が長期化すると、人間のアドバイザーは次第に自身の判断に自信を失い、より安全な判断に逃避する傾向が強まる可能性がある。これは組織全体のイノベーション能力の低下につながりかねない。

 

このような事態を防ぐために、組織として以下のような対応が必要となる:

 

現在のストレスチェック制度を、人型ロボットとの協働特有の問題にも対応できるよう拡充する必要がある。特に、従来の職場ストレスとは異なる新しい種類のストレス要因を早期に発見し、対処するための仕組みが求められる。

 

また、定期的なメンタルヘルスモニタリングに加えて、客観的な指標を用いた評価も重要となる。塗師本の研究が指摘するように、今後はメンタルヘルスについて客観的指標を用いた検証が必要とされている。

 

 

結論

 

人型ロボットとの職場共生は、従来の職場環境要因に質的に新しい次元を付け加える。この変化に対応するためには、現在の職場ストレス研究の知見を活かしつつ、新しい時代に即した支援体制を構築する必要がある。

 

特に重要なのは、人間とロボットの質的な違いを認識し、その違いを活かした協働関係を設計することである。これは単なる業務分担の問題ではなく、組織全体としての新しい価値創造の枠組みを構築することを意味する。

 

研究面では、塗師本が指摘するように、より深刻なメンタルヘルスの問題を対象とした研究の蓄積が必要となる。人型ロボットとの協働が人間の労働者に与える長期的な心理的影響については、まだ十分な知見が得られていない。

 

また、実務面では、人事制度や評価システムの再設計、メンタルヘルスケア体制の強化、そして何より、人間とロボットが互いの特性を活かしながら成長できる組織文化の醸成が求められる。これらの取り組みなしには、人型ロボットの導入は却って職場のメンタルヘルス環境を悪化させ、組織全体の生産性低下を招く可能性がある。

 

今後は、実証研究の蓄積と並行して、予防的な対策の確立が急務となる。特に、従来の職場ストレス研究では想定されていなかった新しい種類の心理的負荷について、その実態を明らかにし、効果的な対応策を開発していく必要がある。

 

参考文献

 

Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001). “The Job Demands-Resources Model of Burnout.” Journal of Applied Psychology, 86(3), 499-512.

 

Gilbert-Ouimet, M., et al. (2014). “Adverse Effects of Psychosocial Work Factors on Blood Pressure: Systematic Review of Studies on Demand‒Control‒Support and Effort‒Reward Imbalance Models.” Scandinavian Journal of Work, Environmental and Health, 40(2), 109-132.

 

塗師本彩 (2023).「職場環境とメンタルヘルス」『日本労働研究雑誌』745号, 14-24.

 

Bryan, M. L., Bryce, A. M., & Roberts, J. (2021). “The Effect of Mental and Physical Health Problems on Sickness Absence.” European Journal of Health Economics, 22, 1519-1533.

 

[注:本論文では、特に塗師本(2023)の職場環境要因とメンタルヘルスに関する研究を主要な理論的基盤として参照し、そこで示された知見を人型ロボットとの協働という新しい文脈に応用しています]

投稿者プロフィール

松井勇策
雇用系シンクタンク (一社)iU組織研究機構 代表理事
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本・雇用政策)
社労士・公認心理師・AIジェネラリスト/WEBフロントエンジニア。現代の「働き方」の先端的な動きや、最新の組織技術の人的資本経営等の専門家。多くの企業へのコンサルティングやセミナー等を行う。日本テレビ「スッキリ」雇用コメンテーター出演経験、著書「現代の人事の最新課題」他、寄稿多数。株式会社リクルート出身、採用/組織人事コンサルティング、のち東証一部上場時の事業部の内部統制監査責任者を歴任。